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  • 2008.12.02 Tuesday
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吉例顔見世興行(夜の部) 京鹿子娘道成寺

【主な配役】
・白拍子花子 勘九郎改め勘三郎
・大館左馬五郎照秀 我當

【感想など】
『京鹿子娘道成寺』といえば昔から女形舞踊の代表的なもので、過去にも大勢の名優が踊った大曲です。勘三郎丈はご存知のとおり”兼ねる”役者ですので、立役も女形もどちらもこなしますが、この『娘道成寺』と『鏡獅子』においては、現在の歌舞伎界の中でもトップクラスでしょう。

大体は鐘入りまでで終わるのですが、今回は押戻まで加えられていました。普段見ることのできないものを見るというのはとても興味を覚えます。もともとこの原典となった能の『道成寺』でも、後ジテとして清姫の化身の蛇体が登場しますので、鐘入りで終わる『娘道成寺』は中途半端な気がします。

ここでも白拍子と所化との問答など、カットされている部分がありました。後に押戻がついたり、劇中で山左衛門丈と鶴松丈の襲名挨拶があったり、顔見世であることを考えると仕方がないのかもしれませんが、やはりカットはないほうがよかったと思います。踊りのことはよく分からないので詳しいことは書けませんが、勘三郎丈の白拍子は安心してみることができました。

私が注目していたのは、義太夫と長唄です。以前から義太夫の『道成寺道行』は気に入っていました。清元より明るい感じがするのがその理由なのですが、普段重々しいイメージのある義太夫が、道行になるとパッと明るくなるというギャップも面白いと思います。太棹の三味線が三挺というのも、音に迫力が出て大変結構だと思います。

逆に長唄はちょっと物足りなさを感じました。私の中で『京鹿子娘道成寺』というと、下の関連商品で紹介しています七世芳村伊十郎師の演奏です。CDで聴いている伊十郎師のものに比べると、今回の尚之師にしても、よくNHKで見ることのある里長師にしても、特に高音の音域が狭いような気がします。伊十郎師が特別なのか、最近の流行がそうなのか分かりませんが、いつも聴いているものとは違和感を感じました。「チンチリレンの合方」もゆっくりだったような気がします。

期待していた押戻は、見る前までは上方出身の我當丈ですし、少々足を悪くしていますので、多少心配なところもあったのですが、立派な荒事になっていました。よく考えると、いままで生で荒事を見たことがなく、これが初めての荒事でした。特にあらすじというものはなく、舞台へ清姫の霊を押戻すだけなのですが、これぞ歌舞伎という様式美を味わうことができました。幕切れの絵面の見得も三階さん大活躍で見事なものでした。

これまで、舞踊は踊りより音楽を楽しんでいましたが、少しずつ踊りのほうも勉強していけたらいいなと思います。

【関連商品】

チャプターが分かれていないのが難点ですが、素晴らしい録音です。

吉例顔見世興行(夜の部) 平家女護島・俊寛

【主な配役】
・俊寛僧都 仁左衛門
・丹波少将成経 秀太郎
・海女千鳥 孝太郎
・平判官康頼 愛之助
・瀬尾太郎兼康 段四郎
・丹左衛門尉基康 我當

【感想など】
今回の顔見世を見に行こうと決めた最大の理由は、
この狂言と『娘道成寺』の押戻しでした。
7月の松竹座での『一条大蔵譚』やNHKで放映された『熊谷陣屋』を見て、
義太夫狂言が面白くなってきました。
松嶋屋贔屓の私ですが、贔屓目で見なくても仁左衛門丈の義太夫狂言は、
初心者が見ても分かりやすいと思いますし、
見巧者が見ても満足できるものであると思います。

この狂言は以前NHKで幸四郎丈のものを見たことがあったので、
話のあらすじはだいたい分かっていました。
そのため、舞台に集中できますし、話の筋以外の細かい芝居を見ることもできます。
ただし、実際には仁左衛門丈ばかり見ていて、
あまり細かいところまでは見ることができませんでしたが。

この狂言は物語自体がとても素晴らしいもので、
何度も上演されるのも分かる気がします。
また、最小限の大道具にもかかわらず、
回り舞台や波布を使った工夫など舞台装置を見ているだけでも飽きませんでした。

前半部分の少将と千鳥の祝言は、流人として貧しい暮らしを強いられている中、
思いがけず訪れた慶事に一同喜ぶ様が、後の悲劇をより印象深くさせるように感じました。
この場面は松嶋屋で固められた配役でしたので、息もよく合っていたように思えます。

赦免の船が到着し、瀬尾が登場します。
某匿名掲示板ではセリフ覚えが悪いと評判の段四郎丈ですが、
さすがに何度も手がけた役とあって、4日目にもかかわらずセリフは完全に入っていました。
そのため、流人に対する憎々しさがよく見て取れました。
このような敵役は段四郎丈にぴったりです。

ここから話は急展開を迎えます。
赦免状に名がないことへの俊寛の悲しみ、
丹左衛門の赦免状に名があったときの俊寛の喜び、
少将と一緒に船に乗れないと分かった千鳥の怒りなど、
舞台の上では目まぐるしく場面が展開します。
そして、俊寛の妻が殺されてしまったと知り、
瀬尾を殺そうと覚悟を決めた時は、仁左衛門丈の目が変わっているのが分かりました。

船が出発し、船からの声が聞こえなくなるまで叫んだり、
船を追いかけて海の中へ入っていくのを見ると、
やはり一人で島に残りたくない、一緒に都へ帰りたいという気持ちが伝わってきます。
賛否両論があるスッポンを使った仁左衛門丈独自の工夫ですが、
型が一つに決まってしまうと面白くありませんので、私は大賛成です。
舞台にもともとあるものを使った工夫なので、余計に共感がもてます。

この物語を最初から見ていると、この結末しか想像できません。
俊寛には千鳥を島に残して舟に乗るということはできなかったと思います。
いくら親のようなものと言われても、結局は血のつながりもない赤の他人です。
残して行こうと思えばそれもできたと思います。
しかし、俊寛はそうはしなかったのです。
この狂言についてはいろいろと想像できますので、また別に書いて見たいと思います。

脇を固める松嶋屋の面々のチームワークも抜群でした。
丹左衛門の我當丈は、瀬尾と対照的に流人に同情してはいながら、
役人としての立場をわきまえており、非常に素晴らしいご使者でした。
少将の秀太郎丈は、珍しい立役姿が見れたのが収穫でした。
千鳥との仲を冷やかされたときに照れている芝居もぴったりでした。
康頼の愛之助丈は、島の人々をつなぎとめる接着剤のような役割をよく勤めていました。
千鳥の孝太郎丈は、多少セリフが耳障りに聞こえるところもありましたが、
お姫様でも、町娘でもなく、ちゃんと島の娘に見えました。

仁左衛門丈は二枚目や捌き役がニンだと思っていましたが、
このような役も十分ありです。
やはり下地に義太夫の素養があるのが大きいのでしょうか。
他の狂言も見てみたいのですが、再度この狂言を見てみたいと思いました。

吉例顔見世興行(昼の部) お染久松浮塒鴎

【配役】
・女猿曳お梅 芝翫
・お染 七之助
・久松 橋之助

【感想など】
清元はやはり苦手なようです。
というより、昼の部だけで舞踊が3つは多すぎるような気がします。
わざわざ狂言を5つにする必要はなかったのではと思いました。

心中物として有名なお染久松の道行物で、
死ぬ覚悟を決めたお染久松に通りがかりの女猿曳が意見をします。
しかし、覚悟を決めた二人は心中の道を急ぐという物語です。

芝翫丈の女猿曳はさすがの風格で、踊りのうまさを見せていました。
踊りの上手下手はよく分からないのですが、
二人の心中を止めようという気持ちは伝わってくるようでした。
それにしても、芝翫丈は昼夜あわせてこの狂言と口上のみというのは、
非常にもったいないと思います。

橋之助丈は良くも悪くも時代物役者だなあと思いました。
この顔見世で初めて生の橋之助丈を見て、
『対面』『義経千本桜』と時代物が続いていましたので、
この狂言の橋之助丈には違和感を覚えました。

一方、七之助丈はお店のお嬢さんという感じがよく出ていました。
この興行では女形が手薄ということで主に女形での出演でしたが、
それぞれの役を演じ分けているように思えました。

番付を見ると、猿曳が男の場合もあるようで、
代々の三津五郎丈が演じているようです。
そちらの方もまた見てみたいものです。

吉例顔見世興行(昼の部) 義経千本桜・川連法眼館

【主な配役】
・佐藤四郎兵衛忠信 勘九郎改め勘三郎
・佐藤四郎兵衛忠信実は源九郎狐 勘九郎改め勘三郎
・静御前 勘太郎
・亀井六郎重清 橋之助
・駿河次郎清繁 翫雀
・源九郎判官義経 仁左衛門

【あらすじ】
後ほど

【感想など】
この狂言は、私の中ではやはり澤潟屋型のイメージがあります。
以前NHKで放映された時、右近丈が澤潟屋型でやっていたので、
それしか見ていない私には、それが全てなのです。
ちょうどその放映の時は、「川連法眼館の場」の放映後、
右近丈と猿之助丈がこの狂言のケレンを解説していました。
ですので、事前の学習は万全です。
もちろん、勘三郎丈は澤潟屋の型でなく、
音羽屋の型が主体だったのですが、
事前に大まかな流れを知っておくと、
知らないで見るより芝居に集中できるというものです。

さて、今回は襲名披露狂言ということで、
義経で仁左衛門丈が付き合っていました。
前の「道行初音旅」に引き続き、
襲名披露らしく、顔見世らしい一幕でした。
しかし、残念ながらこちらも時間のためか、
始めの川連法眼とその妻のやりとり、
最後の化かされ坊主の部分がカットされていました。
特に化かされ坊主の部分は竹本では語られているかもしれませんが、
視覚的に見えないので初心者には不親切だと思います。

勘三郎丈は本物の忠信と狐忠信との二役ということで、
どのように演じ分けられているか注目していました。
本物の忠信の場面では、病が癒えてせっかく義経と対面したのに、
あらぬ疑いをかけられて困惑している様子と、
自分の偽者がいるという怒りの様子がよく分かりました。
狐忠信の方はというと、革になってしまったとはいえ、
実の親に対面できたという嬉しさが十二分に伝わってきました。
(鼓を転がせるところは、親の目が回りそうな勢いでしたが)

仁左衛門丈の義経は、少し色気がありすぎるような気はしますが、
品があって口跡がよく、立派な御大将ぶりで、
狐忠信の脇に回ってこの芝居を締めていました。
仁左衛門丈に限らず、松嶋屋三兄弟の方々が義太夫狂言に出ると、
芝居が引き締まったものになります。

その両優を向こうに回して静御前を務めた勘太郎丈ですが、
前の幕の藤十郎丈から50歳近く若返っていて、多少違和感はありました。
しかし、一生懸命務めていて好感が持てました。
どちらかといって立役がメインの勘太郎丈ですので、
観劇前はどうかなと思っていましたが、しっかりとした芝居になっていました。
中村屋は兼ねる役者の家ですので、
今後も立役と女形のどちらもがんばってもらいたいと思いました。

狐のケレンは事前に学習しておいたこともあって、
ちゃんと見逃さずに見ることができました。
その仕掛けを考えた役者・大道具の方は天才だと思いました。
ただ、3階席から見ていたので、欄干渡りのタネがバレバレでしたが。

吉例顔見世興行(昼の部) 義経千本桜・道行初音旅

【配役】
・佐藤四郎兵衛忠信実は源九郎狐 勘九郎改め勘三郎
・静御前 藤十郎

【あらすじ】
今日の伏見稲荷で義経と別れた静御前は、
西国へ向かったという義経主従が吉野山に身を隠していることを聞き、
佐藤忠信と吉野山の山中にやってきました。
ところが、一緒に来たはずの忠信の姿が見えなくなってしまいます。
静御前は義経から形見としてもらった初音の鼓を打ち鳴らしました。
以前から忠信の姿が見えなくなったときに鼓を打つと、
必ず忠信が現れたからです。

果たして静御前が鼓を打ち鳴らすと、どこからともなく忠信は現れました。
忠信は遅れたことを詫び、義経から賜った着長の鎧を取り出します。
静御前はその鎧に初音の鼓を添え、義経に見立てます。
二人は義経の御前にいる心持ちで、
源平両軍が入り乱れて戦った頃を思い出し、
また、忠信の兄・継信が命を落とした様子を思い出し、
二人で涙に暮れます。

やがて気を取り直した二人は、
義経が匿われているという川連法眼の館を目指し、
吉野の山中へ分け入るという物語です。

【感想など】
道行の舞踊として非常に有名な一曲で、
一面の桜で埋めつくされた吉野山を舞台に、
静御前と源九郎狐が義経を追って山に踏み分けていくという物語です。

中村勘三郎襲名披露狂言で、勘三郎丈と、
一年前にこの南座で襲名を果たした藤十郎丈の共演です。
襲名披露狂言らしく、また顔見世興行らしい大顔合わせが実現しました。
そういう豪華な一幕であったのですが、残念ながら夢うつつ状態でした。
断片的には思い出せるのですが、あまり印象に残っていません。
その前の幕間に昼食を食べたのがよくなかったのでしょうか。

この舞踊は清元と竹本の掛け合いです。
私はどうも以前からテレビで歌舞伎の放送を見ていて、
清元という浄瑠璃が苦手です。
もともとが私の好きな長唄より音域が高い上、
もっと高音部になると裏声を多用するところにその理由があるのですが
(最近の音楽でも裏声を多用しているアーチストは苦手です)、
もともとこのような特徴を持っているのでしょうか。
そうであるのなら、私は清元を好きになれないかもしれません。
それに加えて、数人が一緒に語るとき、
各々がバラバラで語っているような印象を受けました。

細かいところは覚えていませんが、
勘三郎丈と藤十郎丈はさすがに一枚の絵のような美しさがありました。
この一幕だけを見ると分かりにくいのですが、
静御前に付き従っている忠信が実は狐であるというのが、
勘三郎丈の踊りからよく分かりました。
また、藤十郎丈はあの年齢にして、
よくもこれだけの若さを表現できるということに驚かされます。

事前の予習では、この舞踊には道化敵の早見藤太が出ると書いてあったのですが、
今回はカットされていました。
時間が足りないので仕方がないのかもしれませんが、ちょっと残念でした。

吉例顔見世興行(昼の部) 寿曾我対面

【主な配役】
・工藤左衛門祐経 我當
・曽我十郎祐成 翫雀
・曽我五郎時致 橋之助
・化粧坂少将 孝太郎
・近江小藤太成家 亀鶴
・八幡三郎行氏 薪車
・梶原平次景高 仲一郎改め山左衛門
・梶原平三景時 四郎五郎
・鬼王新左衛門 進之介
・大磯の虎 扇雀
・小林妹舞鶴 秀太郎

【あらすじ】
後ほど

【感想など】
江戸では初春の芝居には曾我兄弟の敵討ちを題材にした狂言(曾我狂言)が、
必ず上演されたそうです。
上方ではそのような慣例はなかったそうですが、
顔見世といえば歌舞伎界のお正月。
以前から南座の顔見世では『寿曾我対面』が上演されていました。
今回は6年ぶりの上演だそうです。

この狂言が顔見世で上演されるのも分かる気がします。
というのも、この狂言で歌舞伎の役が全て見れるからです。
座頭格の工藤、和事の十郎、荒事の五郎、
立女形の虎に若女形の化粧坂少将、
道化の朝比奈(今回は妹舞鶴)、実事の鬼王といった具合です。
昔の顔見世はその劇場で年間契約をした役者の披露をする興業だったので、
この狂言を見るとどの役者がどのポジションにあるのかが一目で分かります。

日本三大仇討の一つになっているこの曾我兄弟の物語
(残りの二つは赤穂浪士の討ち入り、伊賀越の仇討ち。
いずれも歌舞伎狂言の題材になっています)ですが、
この『寿曾我対面』では敵討ちにはなりません。
ただ単に敵の工藤と対面するだけです。
そのため、あらすじといってもあってないようなものですので、
物語としての面白さはほとんどないでしょう。
歌舞伎の様式美を楽しむ芝居だと思います。

この芝居の工藤役は長い間、南座の顔見世では今回の我當丈の父親、
十三世仁左衛門丈の本役でした。
私にとっては間に合わなかった名優で、
生で見ることができなかったのが非常に残念でなりません。
その十三代目の面影を感じるために、
この度の顔見世を見に行こうと思ったと言っても過言ではありません。

リンク先のブログにも書いてありますが、
この狂言には江戸式と上方式があるのだそうです。
詳しくはそのブログを見ていただきたいのですが、
大きな違いは大道具や工藤の座る高座の道具で、
江戸式は様式にこだわり、上方式は役者の風情に重点を置くという、
両者の違いが分かりやすくなっているとのことです。

この芝居は、やはり物語としての面白さがないためか、
少し眠くなってしまいました。
それから、私が3階席に座っていたせいもありますが、
襖を開けた向こうの富士山の背景が見れなかったのは残念です。
さすがに風情を楽しむといっても、見えないのではどうしようもありません。

配役は若手で固めたようで、少し物足りなさもありました。
特に女形は、この興行自体女形が少ないというのもありますが、
できれば大磯の虎は真女形がよかったです。
そう思うと今の歌舞伎界は真女形が少ないなと感じました。
肝心の曾我兄弟はやんちゃな弟を思慮深い兄が抑えるというのがよく見えて、
いい配役だったと思います。
我當丈と秀太郎丈はさすがに慣れた役でしたので立派でした。

もう一度顔見世らしい大顔合わせで、なおかつ1階席で見てみたい一幕でした。

吉例顔見世興行(昼の部) 猿若江戸の初櫓



【主な配役】
・猿若 勘太郎
・太夫出雲の阿国 七之助
・福富屋女房ふく 吉弥
・福富屋万兵衛 愛之助
・奉行板倉四郎左衛門勝重 弥十郎

【あらすじ】
「かぶき踊り」で一世を風靡した出雲の阿国と、
その一座の道化方で座頭の猿若は、京から江戸へ下り、
江戸で芝居を見せるための場所を探していました。

ある時、猿若たちは道の真ん中に荷物を積んだ車が置いてあるのを見つけます。
聞けば木材商の福富屋が将軍家への献上品を運んでいたところ、
ならず者に邪魔をされ人夫たちはちりちりばらばら。
もうすぐ大名行列がこの道をお通りになるのに、
このままではお咎めを受けてしまうと福富屋夫婦は思案に暮れています。

そこで、猿若は自ら音頭をとって、一座の若衆に車を曳かせました。
それを見ていたのが奉行の板倉勝重。
勝重は猿若の機転を誉め、
猿若たちが芝居小屋の建設場所を探していることを知ると、
自分の所領である江戸中橋あたりに芝居小屋の建設を許し、
その建設は福富屋に命じました。
猿若はこの言葉を聞いて大いに喜び、
奉行の前で猿若舞を披露するという物語です。

【感想など】
中村勘三郎襲名披露興行開幕の狂言としては、これ以上のものはありません。
何しろ、初代中村(猿若)勘三郎が江戸で中村座を興した物語なのですから。
それを勘三郎丈の息子である勘太郎丈と七之助丈が主役を務めるのですから、
言うことはありません。
もちろん、出雲の阿国が江戸に下ったという事実はないのですが、
そこは歌舞伎の世界では大した問題ではありません。

実を言うと私は中村屋の芝居、
特に新演出の歌舞伎(コクーンや野田版)は苦手です。
まだ私自身が歌舞伎初心者であったり、
食わず嫌いなところもあるのでしょうが、
ちょっとやりすぎなところがますます食わず嫌いにさせます。
ただ、中村屋の舞踊はかなり好きな部類に入ります。
特に立役の舞踊は、歌舞伎界の中ではかなり上のレベルではないでしょうか。

この狂言は、南座で番付を見るまで普通の芝居だと思っていました。
ところが、番付には題名の下に「長唄囃子連中・筝曲社中」と書いてあります。
そこで初めて舞踊劇だというのが分かりました。
下調べをしていないと、往々にこういったことがあるものです。
(後述の『雁のたより』も義太夫狂言だと思っていました)

勘太郎丈の踊りはこの年代の中ではトップでしょう。
家の芸である猿若舞も軽妙に踊ってみせ、
しばらく足の怪我で休んでいたとは思えないほどでした。
声のほうはだんだん父親に似てきているようです。

一方七之助丈は一言で言うと「きれい」でした。
この狂言ではあまりしどころのない役でしたが、
一座の看板女優という存在感はあったように思えます。
11月にNHK衛星第2で放送された巡業の『義経千本桜』を見ましたが、
若衆役と娘役をそつなくこなしていて、苦手意識は薄れてきました。

脇に回っていた弥十郎丈、愛之助丈、吉弥丈は、
主役二人を見守るようなオーラが出ていました。
悪人が全く出ないというのも開幕にふさわしいと思います。

ただ、一つ不満というかもったいなかったのは、
筝の音がよく聞こえなかったことです。
もう一人筝が増えていたらちょうどよい音量になったかなとは思いました。
かすかには聞こえていたのですが、やはり三味線の音でかき消されていました。
それ以外は安心してみていられる芝居だったと思います。

當る亥歳吉例顔見世興行 序

南座

今月初め京都南座へ行きました。
もちろん「當る亥歳吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」を見るためです。
前回の記事でも書いたとおり、
今年は「十八代目中村勘三郎襲名披露」を兼ねているため、
そのチケット争奪戦は壮絶を極めるものでした。

京都南座は四条河原にあります。
四条河原といえば、出雲の阿国がかぶき踊りを始めた、
歌舞伎発祥の地です。
そのようなところで歌舞伎を見れるというのは、
歌舞伎ファンにとってこれほどありがたいものはありませんが、
年1回しか大歌舞伎の興行がないのは少し寂しい気がします。

京都は学生の時学会で訪れて以来でした。
そのときは自家用車で行ったのですが、
今回は電車です。
しかも、京都で安いホテルを探せなかったため、
宿は大津に取っていました。

観劇前日、南座の場所確認のためJR京都駅に降り立ちました。
特に京都市内の交通状況の下調べをせず、
持っているのは松竹のホームページにあった周辺地図だけ。
京都でも有名な名所だからどこかに行く方法が書いてあるだろうと、
安易に考えていたのが大間違いでした。

まず、以前から行きたかった西本願寺へ行き、
そこから南座を目指しました。
南座は四条にあるから、とりあえず四条のつくバス停まで行こうと思い、
四条堀川でバスを降り、四条通りを東へ歩きました。
歩きながらふと頭によぎったのは、
「南座って四条河原にあったような……」
という考え。
あとでバスの路線図を調べてみると、
南座の最寄バス停は、四条堀川の3つ先でした。
やはり下調べは重要です。

結局当日は京都駅からJR奈良線で東福寺駅まで行き、
そこから京阪電車に乗り換え、四条駅まで行きました。
四条駅の階段を上がると、南座の正面に出るのです。
松竹のホームページにも、
「京都駅からは、タクシーが便利です」
と書いてあるのもうなずけます。

今回もう一つの失敗は、ホテルにオペラグラスを忘れたこと。
京都駅で気がつきました。
まあ、南座にも売っているだろうと思っていたら、
ちゃんと売っていました。
しかし、余計な出費をしてしまいました。

南座の印象は、「客席と舞台が近い」ということです。
7月に大阪松竹座に行ったときは2階席だったのですが、
3階席の今回の方が近いような気がしました。
当初チケット取りのときは諦めていた、
花道の七三も十分見ることができます。
ただ、客席の通路や椅子自体が狭く、
観劇の最中にも体が痛くなってしまいました。

今後演目ごとに感想やあらすじなどを書いていきたいと思います。
できるだけ忘れないうちに早くしたいと思います。
まあ、まだ素人に毛が生えた程度ですので、
感想らしい感想も書けないとは思いますが。

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